CASE 01

iPS細胞×網膜再生

目の難病に苦しむ人に
再び光を——。
世界に先駆けて、iPS細胞を用いた網膜移植を実施。

理化学研究所、神戸医療産業都市推進機構、神戸市立医療センター中央市民病院、京都大学、大阪大学病院

STORY 01

神戸が世界を驚かせた日

網膜は、人間の視覚をつかさどる重要器官。脳や脊髄と同じく、一度損傷を受けると修復は困難といわれてきました。しかし世界的に名高い米国ソーク研究所のバーク博士が、1995年に「神経幹細胞」を発見。網膜再生に小さな明かりが灯ります。

髙橋氏の研究がスタートしたのは、そのソーク研究所に客員研究員として留学し、神経幹細胞の存在を知ったことがきっかけでした。「日本で最初に神経幹細胞と出会った自分には、治療法をつくる使命がある」——。髙橋氏は使命感を燃え立たせ、一連の研究をスタートさせます。

網膜再生の研究は、その後多くの難題に直面し、挫折の危機に何度も見舞われながら、山中伸弥教授のiPS細胞で突破口が開かれます。髙橋氏は、2013年2月にiPS細胞を使った臨床研究の計画書を厚労省に提出。8月には本格的なプロジェクトを立ち上げ、翌年9月、先端医療センター病院において「加齢黄斑変性」の患者さんの皮膚から採取したiPS細胞をシート状に培養して網膜に移植する手術に世界で初めて成功します。

快挙は、さらに続きます。2年後の2017年3月には、中央市民病院の栗本医師の執刀で、他人由来のiPS細胞を移植する世界初の手術に成功。これによって手術に要する準備期間と費用を大幅削減できる見通しができ、網膜再生治療は実用化へさらに大きく前進しました。

STORY 02

日本初の眼のワンストップセンター

このふたつの網膜細胞移植手術は、京都大学がiPS細胞を提供し、髙橋氏率いるプロジェクトチームが移植用の細胞を作製、先端医療センター病院(当時)と中央市民病院、さらに大阪大学の研究グループが実際の移植手術を実施するという連携によって行なわれました。

「患者さんたちは、術後の経過も良好。近々、2年余りの経過観察をまとめた論文を国内外で発表します。安全性がほぼ立証され、次は実際の治療法を開発する段階。山登りでいえば、五合目あたり。神経幹細胞に出会って20年以上が過ぎましたが、この間まで見上げるばかりの高みにあった頂きが、いまはすぐ目の前にある気がします」(髙橋氏)

こうして網膜再生の臨床研究が大きく前進する中、髙橋氏はもうひとつの夢にもチャレンジ。2017年12月の「神戸アイセンター」の誕生で夢はカタチになりました。

「神戸アイセンターは、眼科の専門病院、研究室、細胞培養施設、ロービジョン(低視力)のケアを行なう専用施設などを集約した施設。眼科の基礎研究から臨床研究、治療、ロービジョンケアまで幅広く対応できるのが特徴です。欧米ではどこにでもあるこの“眼のワンストップセンター”を、私は京大病院の臨床医をしていた頃からずっとつくりたいと思っていました。神戸に来たのも、その夢をかなえられるのは、ここしかないと思ったからです」(髙橋氏)

STORY 03

幅広い視点で、社会課題の解決に取り組む

神戸アイセンターには、神戸医療産業都市に進出する企業との共同研究のための場として「オープンラボ」も誕生。ここを拠点に共創の新しいモデルをつくりたいと、髙橋氏は話します。

「いま取り組んでいるのは、網膜再生の研究だけではありません。理研のプロジェクトチームでは、視細胞の移植という、より困難な医療技術の研究に取り組み、アイセンターを通じてロービジョンによって移動が不自由な人の運転支援や自動運転の社会実験にも取り組んでいます。目の難病に苦しむ方、視覚に障がいをもつ方の日常をよりよいものに変えていくこと。それが、私の願いです」(髙橋氏)

髙橋氏は、京都が地元。人からよく、『いつ京都に帰られるのですか?』とたずねられ、答えに窮することがあるそうです。

「私は、自分を一流の研究者とは思っていません。事前の計画もそこそこに、“行き当たりばったり”でやっていると、まわりの優秀な人たちが私の想いを受け止めて、いつの間にか優れた成果につなげてくれます。結果がバッチリだから、“行き当たりバッチリ”。施設や設備だけでなく、人も素晴らしく、そんな芸当ができるからこそ私は神戸を離れたくないのです。必要とする施設も、設備も、人も、すべてが揃ったこの神戸医療産業都市で、私は社会が抱える課題の解決に取り組み、答えを出していきたいと思っています」(髙橋氏)

PROJECT LEADERプロジェクトリーダー

国立研究開発法人 理化学研究所 生命機能科学研究センター
網膜再生医療研究開発プロジェクト
医学博士・プロジェクトリーダー・眼科医

髙橋 政代

1992年、京都大学大学院医学研究科博士課程(視覚病態学)修了。京都大学医学部眼科助手を経て、1995年に米国ソーク研究所に留学。当時発見されたばかりの神経幹細胞と出会い、網膜治療への応用を自らの使命と認識して研究活動を開始。京都大学視覚病態学助手、京都大学病院探索医療センター助教授を経て、2006年神戸医療産業都市の中核施設である理化学研究所「発生・再生科学総合研究センター網膜再生医療研究チーム」に赴任。2014年から現職。