KBICで働くイノベータ―
FEATURED
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KBICで働くイノベータ―
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FILE.10
内田 和久KAZUHISA UCHIDA
専務理事代行
企画担当理事
一般社団法人バイオロジクス研究・トレーニングセンター(BCRET )
Interview 2020年2月
神戸医療産業都市にある一般社団法人バイオロジクス研究・トレーニングセンター(以下BCRET)は、国内唯一の「バイオ医薬品」製造に関する教育機関だ。難病の治療に効果を発揮するバイオ医薬品の市場は世界で成長を続けるが、日本は欧米に遅れをとっており、その研究開発の多くは海外で行われている。BCRETはバイオ医薬品の研究・製造と品質管理について学べるプログラムを開発し、「産官学」連携で国内バイオ人材の養成を目指している。また、将来も見据え、遺伝子治療薬、さらに細胞治療等についての人材育成にも取り組む。
PROFILE
神戸大学大学院科学技術イノベーション研究科 特命教授。
神戸大学先端バイオ工学研究センター バイオロジクス研究部門 部門長
学生時代は東京都立大学理学研究科にて、マウスやウシの脳の蛋白質解析の研究に携わる。協和キリンに就職後は、一貫してバイオ医薬品の開発、製造、品質管理の業務に携わった。2015年、神戸大学大学院工学研究科 特命教授に就任し、2017年、一般社団法人バイオロジクス研究・トレーニングセンター(BCRET)理事(兼任)に就任。
欧米に大きく出遅れた
日本のバイオ医薬品開発
バイオ医薬品は、従来の化学合成で作られる医薬品に対し、細胞を用いて特殊なタンパク質として産生されます。ガンなどの難病の治療薬として期待され、実績も上げていますが、欧米に比べて日本ではそのプロフェッショナルが十分に足りていません。
2000年以降、バイオ医薬品のなかでも「抗体医薬」と呼ばれる医薬品の市場が急激に広がり、2030年以降も拡大が予測されています。しかし日本発の抗体医薬の数は非常に少なく、国内で承認された100以上の医薬品のなかでわずか5製品のみです。これまで世界で新薬が作れるのは、アメリカ、ヨーロッパ、日本の3地域のみでした。しかしバイオ医薬品に関しては日本が大きく出遅れ、将来、欧米に市場を独占される懸念があります。
そんな状況を招いたのは、1990年代に日本の製薬企業がとった経営戦略に原因があります。バイオ医薬品の開発は、従来の低分子医薬品に比べて、複雑な特許戦略や開発・生産技術にコストがかかるため経営資源を振り分けなかったのです。欧米では2000年代、ベンチャー企業が大企業と連携し、数々の画期的な製品を生み出しましたが、その間、日本ではわずかに中外製薬と私が在籍していた協和キリンの2社のみがバイオ医薬品の開発・生産を続けました。結果的に、国内ではバイオ医薬品製造のノウハウを持つ人材がほとんどいない状態が続いていたのです。
座学と実習でバイオ医薬品開発の手法を学ぶ
幸運にも私は協和キリンで、バイオ医薬品の研究から開発、生産工程、分析および品質管理、上市準備まで携わることができました。そこで蓄積した知識と技術が買われ、5年前から神戸大学に勤務し、AMED(日本医療研究開発機構)から受託したバイオ医薬品の開発・製造工程に関する教材の開発などに携わりました。2017年からは、神戸大学と神戸市、日本製薬工業協会の会員企業、AMEDなど産官学によって設立されたこのBCRETで人材の育成を進めています。
バイオ医薬品の生産工程は、主に次の4つに分類されます。①目的とするタンパク質(抗体)を生み出す遺伝子を細胞に導入する。②その細胞を増やし抗体を産生する。③培養液から不要物を取り除き抗体を精製する。④製剤化する。
研修では工程ごとに3日間ずつ、抗体を産生する遺伝子の導入方法、細胞を安定的に増殖させる方法、抗体の取得の技術までを、座学と実習によって学びます。工程ごとの分析方法や、生産工程でウィルスなどが混入しないようウィルスクリアランスの知識についても指導します。受講生の数は1回当たり、座学が20人から40人、実習は10名ほどで、2019年度は、年間で座学が250名、実習は70名程度の参加がありました。
教育の裾野を広げ産官学にプログラムを提供
受講者の多くは製薬企業などに在籍する研究者や開発担当者です。ほとんどの方はバイオ医薬品の製造を実習として学ぶのが初めてで、「ここでしか得られない知識と技術が習得できた」という感想をいただいています。希望者にはアドバンスコースでさらに実践的な授業も行っています。
また、BCRETでは研究開発者だけでなく、厚生労働省の所管機関であるPMDA(医薬品医療機器総合機構)やアジアの規制当局で働く人々への研修も行っています。規制当局は医薬品の審査・承認を行う機関で、そこで働く人々にもバイオ医薬品に関する広い知識、特に実習による経験が求められるようになっています。
昨年には富山県立大学サマースクールにも協力して学生向けの講習も行いました。大学在学時からバイオ医薬品の可能性を知ってもらうことで、将来、この分野で活躍する人を増やすのが狙いです。このようにBCRETでは「産官学」が連携し、バイオ医薬品の初級者から中・上級者に向けての幅広い学びを提供しています。
難病を治す薬を生み出す人材を育成する
BCRETの本部及び研修施設は、ポートアイランドの神戸市医療産業都市にある、神戸大学統合研究拠点に設置されています。BCRETがこの場所にあることの意義は非常に大きいと感じています。近隣には大学施設、理化学研究所などの研究機関やバイオに関連するベンチャー企業が数多く存在し、さらに、いくつかの病院もあることから、バイオ医薬品の臨床研究の協力も求めやすい環境にあります。狭い範囲にこれだけの研究資源が集積している場所は日本のどこにもありません。
私たちがここで教えるバイオ医薬品の製造開発技術は、「次世代の薬」として注目が集まる遺伝子治療薬や、さらに細胞治療等の開発・生産にも欠かすことができません。欧米が先行するバイオ医薬品をはじめとするバイオロジクスの開発ですが、いまから追いつき、追い越すことは十分可能です。このBCRETで学んだ人々の中から、これまで特効薬のなかった病気の治療に役立つ薬を生み出し、世界中の病に苦しむ人々を助ける人材が出てくることが私たちの願いです。