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国内最大規模の合成拠点を設立
プレミアムDNAで未来社会に貢献する

菅原 潤一JUNICHI SUGAHARA

代表取締役
博士(学術)

株式会社シンプロジェン

Interview 2020年1月

DNAの受託合成には、既に数十年の歴史がある。いわゆる「枯れた技術」だが、そこには超えられない限界があった。合成できるDNAの長さや種類(配列)に制約があるのだ。これに対してシンプロジェンの技術を使えば、従来合成できなかった配列や、従来よりはるかに長い10万塩基以上の長鎖DNAを正確に合成できる。まさにプレミアムなDNA量産のための、ロボットを導入した自動化工程も開発済み。2020年には新工場が立ち上がる予定だ。

PROFILE

2007年慶應義塾大学環境情報学部卒、2011年同大学院政策・メディア研究科博士課程修了。専門は生命情報科学。大学院在学中、Spiber株式会社を関山和秀氏と共同創業、取締役に就任。2014年より内閣府革新的研究開発推進プログラム「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」のプロジェクトリーダーを務めた。2018年より、株式会社シンプロジェン代表取締役に就任。バイオテクノロジーの基盤となる長鎖DNA合成技術の開発とその事業推進に取り組む。

※ラボには最先端の次世代シークエンサーが備えられている。

求められる高精度な長鎖DNA

2003年、ヒトゲノムプロジェクトにより人間の設計図であるヒトゲノムの全塩基配列が解析されました。2018年には新たに、ヒトゲノムのDNAを丸ごと合成する国際コンソーシアムが発足しています。これらに象徴されるように、生命の設計図であるDNAを解読・合成する技術が近年すさまじい勢いで進歩しており、バイオテクノロジー産業がこれから大きく伸展しようとしています。

特に期待されるのが工業、農業、医療の3分野です。例えば私の出身母体であるSpiberは、工業がもたらす様々な環境問題を解決するため、主原料に石油を使わず植物原料と微生物の力を使ったタンパク質素材を開発・生産しています。食糧問題の解決には遺伝子組み換え作物が貢献できるでしょうし、医療分野では遺伝子治療の技術開発が進められています。

いずれにおいても、生物を改変するために必要となるのがDNA、それも設計図の通りに塩基が連ねられた長い(=長鎖)DNAです。人工的にDNAをつくりだす合成技術そのものは、何十年も前から実用化されています。従って容易に合成できる短いDNAは、完全にコモディティ化し価格競争の世界に突入しています。


これに対して我々が挑戦するのは、DNA受託合成のブルーオーシャンである長鎖DNAです。現状の合成DNAの多くが5千塩基以下の長さにとどまるのに対して、我々は10万もの塩基配列を、1文字も間違うことなくつないだ長鎖DNAの合成技術を確立しています。長さだけではなく、従来は合成できなかった高難易度なDNA配列の合成も可能です。まさにプレミアムなDNAです。

※OGAB法の発明者である柘植取締役らとディスカッションしながら、技術に磨きをかける。

バイオベンチャーSpiberとの相乗効果

私は2007年に、関山和秀とスパイバー(現・Spiber)株式会社を立ち上げました。スパイバーは慶應義塾大学先端生命科学研究所発のベンチャー企業であり、機能性と環境性能を兼ね備えた次世代素材「Brewed Protein™」の開発と生産に取り組んでいます。

Brewed Protein™の生産に使っているのが、DNAを改変した微生物です。狙い通りの物質を効率よく生産するためには、DNAの改変技術が欠かせません。よりよい技術を求める中で出会ったのが、ベンチャー企業シンプロジェンを立ち上げた神戸大学の近藤昭彦教授でした。近藤教授は同大学柘植謙爾准教授らと共に、合成難易度の高い配列を含む長鎖DNAを合成するための技術「OGAB法」を開発していました。

Spiberと近藤教授は10年近く前から国プロなどで付き合いがあり、2年前にはNEDOの「スマートセルプロジェクト」にも共同で取り組みました。この間に親交を深めた私は「自分の持っている技術、これまでの知見とエネルギーを最大限に使い、未来社会に貢献したい」との近藤教授の情熱と理念に心の底から共感したのです。


教授と一緒にバイオテクノロジーの未来を拓きたい。この思いを関山とも共有し、教授らが立ち上げていたベンチャー企業シンプロジェンにSpiberが出資、私にも経営の一端を任せてもらえることになりました。

神戸医療産業都市に構えたラボで、長鎖DNAを正確に合成するOGAB法に磨きをかけると同時に、コストを抑えて大量生産を実現するロボットを活用した生産工程の自動化に着手、プレミアムDNA生産の大幅なコストダウンを実現したいと思っています。今年完成する新たな研究棟に300平方メートルのラボを確保し、本格生産に取り掛かる予定です。実現すれば、国内最大規模のDNA受託合成拠点となります。

遺伝子治療への貢献も視野に

受託合成事業で基盤を固める一方で、中長期的な視点で取り組むのが遺伝子治療のためのDNA開発です。先天性の免疫疾患や筋萎縮性の難病など、DNAの変異によって引き起こされる疾患があります。こうした病気に対してはこれまで対症療法しかなかったのですが、体内のDNA情報を書き換えることができれば、根源的な治療の可能性が出てきます。

そのために必要となるのが、長鎖DNAです。それも人体の中に入れるのだから合成に際しては100%の完璧さが要求されます。近藤教授らのOGAB法に基づくDNA合成技術が大きく貢献できる分野です。

まずは遺伝子治療に必要な技術開発を進めていきます。完成した技術を実用化する段階では、いくつかの選択肢が考えられます。いずれにしても非臨床段階での試験を含めて様々な研究開発が必要であり、DNAの受託合成で財務基盤を固めながらロングスパンで取り組んでいきます。

未来の人たちから「ありがとう」と言われるような事業を

自分が大学1年生のときの授業で、現代社会には数多くの問題があること、社会の持続可能性に黄信号が点灯していること、そして問題を解決できる可能性を秘めているのがバイオテクノロジーだと教わりました。

講義を聞いて居ても立っても居られなくなった私は、1年生ながら先生に頼み込んで生命科学系の研究室(ゼミ)に入れてもらいました。そこで出会った関山和秀と学生時代にSpiberを起業したのです。自分の能力や与えられた環境を最大限活用して、世の中に貢献する。その対価としてお金や感謝を受け取り、自分自身も幸せになる。とにかくエネルギーだけはあり余っているけれど、それを何に使えばいいのかわからなかった当時、自分の生きる道を見つけた気がしました。

21世紀の社会は、本当に数多くの問題を抱えています。SDGsが世界中で取り上げられているのは、それだけ社会の持続可能性が危ぶまれているからです。だからこそ、これらの課題解決に貢献することは、大きな社会的価値があるのです。


我々の技術を使えば、誰もがつくれないDNAをつくる自負があります。とはいえそこに満足せず、さらに技術を改良し、バイオテクノロジーの発展を加速して行くための努力を続けたいと思っています。経営者として考えるべきは、世界トップレベルの研究開発を維持できるだけの研究者やスタッフを、神戸の拠点に集積することです。


その点、神戸医療産業都市には、開発に必要な基礎から応用までの全プロセスに対応できる研究組織や企業、アカデミアに病院施設までが整っています。この恵まれた立地でスピード感を持って研究開発を進め、未来の人たちから「ありがとう」と言ってもらえるような事業を確立する。これが私の使命と心得ています。