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神経細胞をつなぐシナプスに着目。
アルツハイマーの治療薬開発に挑む。

井上 英二EIJI INOUE

部長
医学博士

株式会社カン研究所
神経機能制御研究部

PROFILE

2000年、大阪大学大学院医学系研究科修士課程修了。同年4月、株式会社カン研究所に入社。以来一貫して神経疾患とシナプス(神経細胞をつなぐ接合部)の関係性を研究。アルツハイマー型認知症の治療薬開発を目指す標的分子の探索に取り組み、EphA4に関連して2件の特許を取得。非臨床研究を経て、トランスレーショナル(橋渡し)研究にあたる。2016年、研究部長に就任。複数の研究プロジェクトを統括する。

AD発症の新たなメカニズムを探索

記憶や思考能力が失われるアルツハイマー型認知症(AD)。医学の進歩によって症状の悪化をある程度抑えられるようになったものの、発症のメカニズムも、根本的な治療法もまだ見つかっていません。

そのような中、私たちの研究グループでは、人間の脳を構成する1000億以上の神経細胞をつなぎ、神経回路を形成するシナプスの構造に着目し、その変化とADの症状との相関を長年にわたって研究。その結果、シナプスの制御因子である「EphA4(受容体型チロシンキナーゼ)」が神経細胞の破壊やADの発症と深く結び付いていることを明らかにしました。現在EphA4の機能を調整することでADの症状改善や治療に貢献する創薬研究に取り組んでいます。研究は、非臨床試験の後期ステージ。グローバルに拠点を展開するエーザイのグループ力を生かし、近い将来には海外において臨床試験をスタートさせる予定です。

エーザイの100%出資によって1997年に設立されたカン研究所は、エーザイの研究開発の一翼を担いながら、難治性免疫疾患、神経変性疾患、がんの再発・転移の3分野を重点領域として総合細胞生物学研究に基づく創薬研究を推し進め、疾患メカニズムの解明や標的分子の探索、臨床開発も含めたトランスレーショナル(橋渡し)研究など、独自の取り組みを進めています。EphA4を標的分子とするAD創薬の研究は、カン研究所の真価が発揮されたプロジェクトであり、ADの原因物質とされるアミロイドβの抑制をテーマとする従来の研究とは一線を画するものとして注目を集めています。

最先端の人と情報が集まるAD創薬研究の先端エリア

カン研究所が神戸医療産業都市に研究の拠点を移したのは、設立9年後の2006年。国内最大級のバイオメディカルクラスターとして最新の情報が集まり、研究機関やアカデミアとの交流、共同研究をスムーズに行なえる環境が、新規疾患治療コンセプトの創薬を目指すカン研究所のビジョンに適していたことが、いちばんの理由です。さらに2014年には、それまでの施設の5倍の延床面積(約12,000㎡)を有し、100人規模の研究者を収容できる能力を備えた本社研究所を、同神戸医療産業都市内に新設しました。

実験や分析をより大規模に実施できるだけのスペースが確保されたことで研究はスピードアップ。空間的制約によって、研究活動が遅滞することもありません。また、理化学研究所や神戸大学をはじめとするアカデミアとも徒歩圏内。必要とあればいつでも情報交換や議論ができる立地にあって、人的交流も盛んに行なっています。

さらに、日本のAD研究において重要な役割を担っている「先端医療センター病院(現・中央市民病院)」や理化学研究所の分子イメージング科学研究センターも隣接しています。神戸医療産業都市はAD創薬研究について最先端の人と情報が集まる重要エリアであり、私たちの研究活動に必要な条件を十分に備えていると思っています。

患者様に寄り添う気持ちを忘れず

私がADの研究に没頭するようになったのは、研究者としてのキャリアがスタートしてまだ間もない頃、身近な存在の人がADを発症し、日常会話すらままならなくなった時の経験がきっかけでした。細胞生物学の研究者でありながら、何の力にもなれないもどかしさ。それが「1日でも早く治療薬を患者さんのもとへ届けたい」との想いにつながり、EphA4の発見という研究成果をもたらしました。

研究では、思うような成果を得られず、立ち往生する場面も少なくありません。そんな時、いつも思い出すのは、この時の記憶です。『これくらいのことで怯んでたまるか』。そう自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせています。どんな時も患者さんの気持ちに寄り添いながら——。その思いを若い世代に引き継ぎ、患者さんと喜びを分かちあえる日が必ず早くやってくると信じて、私たちは挑み続けます。