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新たな視点で挑む炎症性疾患の新薬開発。
研究者が、研究者でいられる環境がある。

太田 明夫AKIO OHTA

免疫機構研究部 部長

公益財団法人 神戸医療産業都市推進機構
先端医療研究センター

Interview 2019年2月

PROFILE

東北大学薬学部卒。1998年に学位(薬学博士)取得後、東海大学医学部で研究員、北海道大学遺伝子病研究所助手などを務め、2000年から米国で最も歴史のある医学研究機関とされる「アメリカ国立衛生研究所」で客員研究員。2004年から、ボストンにあるノースイースタン大学の助教授。2016年4月より先端医療研究センター免疫機構部部長。内因性の免疫調節機構を研究領域とし、これを制御することによるがん免疫と炎症性疾患の治療を研究。

免疫にブレーキをかけて病気を治す

人間の体には、生存していくためには欠くことのできない「免疫」という非常にうまく構成された力が備わっています。正常な免疫機構の働きによって、私たちは細菌やウィルスといった病原体や、がんなどの病気から身を守ることができます。

体内における免疫機構は複雑な仕組みから成り立っていますが、重要なもののひとつとして「免疫チェックポイント(検問所)」と呼ばれる免疫反応を調節するメカニズムがあります。免疫チェックポイントには、免疫反応に「ブレーキをかけるメカニズム」と、逆に「アクセルを踏むメカニズム」とがあり、このうち「ブレーキをかけるメカニズム」の働きを遮断して体の免疫機能を高め、病気を治す治療法は、すでにがん治療で臨床応用されています。神戸医療産業都市推進機構(FBRI)の理事長を務める本庶佑先生が、2018年のノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、まさにその研究で世界に先駆けたからでした。

この成果を受けて、いま私が取り組んでいるのが、がん治療のケースとは正反対ともいえるアプローチ。免疫反応に「ブレーキをかけるメカニズム」をむしろ積極的に利用した炎症性疾患の創薬研究です。ターゲットは、免疫細胞である「T細胞」が活性化した時に発現する「PD-1」とよばれる分子で、この免疫抑制分子の作用を人為的に高めることで、大腸炎やリウマチ、アレルギー、多発性硬化症など、T細胞の機能不全によって起こる病気の治療に役立てることを目指しています。

アメリカに勝るとも劣らない研究環境

私たちが取り組んでいる研究は、FBRIが推進する「創薬イノベーションプログラム」(*)の第1号に採択され、Meiji Seika ファルマ社との共同プロジェクトとして進められています。「PD-1」を世界で初めて発見した本庶先生も、同じ先端医療センターに部屋があり、頻繁に意見交換しながら研究を進めているのはもちろんです。

本庶先生は、非常に研究熱心で、初歩的なデータでもご自身が納得されるまでは鵜呑みにはしません。研究者として本庶先生ほどの高みに到達された方でも、あくまで事実の前に謙虚な姿勢を持ち続けておられ、データをもとに真実を見定めようとする姿勢は、すべての研究者が見習うべきお手本です。

そんな本庶先生の精神を反映してか、ここには研究だけに集中できる環境があります。誰からも干渉されず、共同研究の契約や会議日程の調整など研究以外の業務は、スタッフによるサポートが受けられます。休みの日、散歩がてらに家を出て、そぞろ歩きするうちに考え込み、気付いたら先端医療センターにある自室までたどり着いていた——そんなこともありました(笑)。

基礎研究に携わる研究者にとって大切なのは、発想を自由に広げ、思ったことを、思った通りに実行できる環境です。この神戸医療産業都市には、私が長く研究生活を送ったアメリカの大学にも、勝るとも劣らない優れた研究環境があります。

*創薬イノベーションプログラム:神戸医療産業都市に集積する研究機関や基盤施設などの研究開発機能を結集・連携させたプログラムを国内外の製薬会社などへ提案し、神戸医療産業都市推進機構との共同研究体制により、創薬の開発に必要な研究者、設備、臨床開発などの研究環境を一元的に提供する。

志をもった人が結集し、世界と戦う力を生み出そう

グローバル化が進み、日本は研究開発においても、これから世界と戦っていかなくてはなりません。研究費で欧米に差をつけられ、安定志向から多くの人材が企業に進み、すぐに目に見える成果を求める社会の風潮がある中で、日本はかつての競争力を取り戻せるのでしょうか。

神戸医療産業都市は、創設から20年が過ぎ、多くの研究機関や医療機関、企業の集積も進み、「国家戦略特区」の恩恵も受けて、そうした現状を打破する役割が期待されています。研究にひたむきに情熱を燃やせる志ある者が大勢集い、得意分野や専門性の強みを互いに持ち寄りながら新たなイノベーションを生み出せるクラスターとして発展を遂げていく――。それは神戸の発展のみならず、日本の研究開発の未来にもつながっていると私は思っています。